壁AC-2023 15日目の記事です。前回やることやったんで今回はひたすら自分語りします。
2023年というと2013年末に博士号を取得して10年ということになる。この10年で3つの職場(大学→企業→企業)を経験し、6回引っ越した。アカデミアの研究職は任期の問題から根無草を強いられることが多いが、転職は自分のキャリアや価値観について考える良い機会でもある。
現職は民間企業の基礎研究部門であり、今年の4月に転職したところである。新たな研究チームの立ち上げがメインミッションであり、自身のオンボーディングを進めつつ、チームのミッションとビジョンの明確化、研究プロジェクトの立ち上げ、他チームやプロダクトサイドとの関係構築、新メンバーの採用とオンボーディング、それに産学連携の仕込みなど、チームで研究を進めるために必要なおよそ一通りのことをやった。成果がないと広報もできないので、論文もスクラッチから1本書いて先月投稿した。それなりにプレッシャーのかかる9ヶ月であったが、周囲のサポートがあって何とか最初の山は乗り越えられた。
とりわけミッションとビジョンの明確化には長い時間を割いたが、これはチームを円滑に立ち上げるために欠かせなかったと思う。チームが見据える課題や果たすべき役割と貢献、もっと端的に言えばそのチームの存在意義は、そのように決めた背景も含めて語れるようにしたい。そうすることで、個々の研究テーマや採用に関して自然と軸が生まれるし、ひいては大きくまとまった成果の創出に繋がってくると考えている。
現職は自分の研究スタイルやキャリア観と非常にマッチしており、とても働きやすい。事業貢献や組織貢献に対して多くのメンバーが前向きに取り組んでおり、またプロダクトサイドも積極的に研究成果を事業に取り込もうとしてくれる。採用人事が研究や研究コミュニティの深いところまで理解し、チームビルディングを密にサポートしてくれる。コミュニケーションに関して変にドライにならず、チームや部門の垣根を越えて頻繁に交流が行われる。会社組織としてのガバナンスとコンプライアンスがありつつ、個人のモラルと相互の信頼によって各種ルールが柔軟に運用されている。研究実務に関する裁量の大きさや予算の潤沢さは言わずもがなであるが、それを永続させる体制づくりの努力を至る所で感じる。もちろん組織課題も大小あるが、どれもいずれ乗り越えていくのだろうと思わせる層の厚さがある。「研究者の楽園はここにあったのか」というのが率直な感想だ。
このような現職でチーム立ち上げを任せてもらえたのは、前職で組織運営に携わっていた点が大きい。研究者としてのキャリアを考えたとき、研究課題を見つけ、解決し、論文を書くという、純粋な研究実務のみに集中するスタイルはいずれ行き詰まりを迎えることになる。「いやいや自分はシニアになっても研究実務のことだけ考えて生活できていますよ」という人は、そのような楽園を創り上げた先人と、今日まで維持してくれている同僚に改めて感謝すると良いだろう。研究者の楽園という名の組織は、創り上げることがまず難しく、その規模が拡大する中で同じクオリティを維持することはさらに難しい。難しいのであるが、そのような組織運営の経験は、自身のキャリア選択の幅を大きく広げてくれたと思う。
若手のキャリア相談に乗る機会も出てきた。
とりわけ昨今の人工知能分野では、民間企業における基礎研究ポジションが、官学のそれと並んで魅力的な就職・転職オプションになりつつある。ただし、仕事を選ぶ際には「産官学どれが良いか」ではなく「個別の組織の運営方針がどれだけ自分とあっているか」という点が重要であるように思う。全体的な待遇の良さが語られがちな民間研究職だが、その待遇と引き換えにどのような期待や責任が想定されているかは企業によるところだろう。たとえば前職と現職に関して言えば、研究テーマに関する自由度や論文発表に対する積極性は共通しつつ、以下の点においてそれぞれの独自性があった。
いずれも何かしら正解があるわけではないが、自身のキャリア観とマッチするかどうかで日々のパフォーマンスは大きく変わることになる。
自分自身を振り返ると、この数年でキャリア観が大きく変わってきた。平たく言えば、研究は「会社での仕事」になった。所属組織を持続・成長させるための仕事として研究があり、組織貢献という観点で研究活動のゴールを策定し、遂行する。実験や論文執筆といった研究実務だけでなく、事業貢献や組織運営も広い意味での研究活動と言える。昔の自分が見たら「真の研究をしろ!」と言うに違いないが、結局のところそういうスタイルが自分に合っているようだった。仕事とはワークライフバランスのワークのことであり、ライフとの間に一線を引くことでその健全性を担保する。そして仕事とは、情熱を持って取り組む自己表現でもある。民間研究職でキャリアアップを目指す際には、健全性と情熱を両立させるバランス感と、会社と個人の目指すところをうまくマッチさせる柔軟性が求められているように思う。